八谷 英樹の日記

いま、熊本を想う

5月11日~17日。

ANN取材団として熊本に行ってきました。

 

なんだか不思議な感覚でした。

つい1年前まで自分が住んでいた場所が「被災地」と呼ばれていて、

まさか「応援」で取材に行くなんて・・・。

 

私が取材したのは、主に南阿蘇村。

地震から1か月近く経っていたこともあり、

到着してすぐの印象は、「思っていたほど酷くなくて良かった」。

しかし、取材を進めるにつれて目を覆いたくなる現実が飛び込んできました。

 

 

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最後の写真は、土砂に流された阿蘇大橋付近です。

今も1人の男子大学生が行方不明のままです。

 

 

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土砂災害で死者が出た高野台地区。

車がひっくり返り、家は土砂に飲み込まれてしまっています。

 

 

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こちらは、ある学校の校庭です。

かつて子どもたちの元気な笑い声に包まれていたであろう校庭は、

今は、いわゆる災害廃棄物に覆われています。

 

 

変わり果てた熊本の姿に心が痛いです。

でも、この姿はしっかりと胸に刻みつけてきました。

数か月後、数年後に、再び熊本の元気な姿を感じられるように。

 

 

いうまでもなく、熊本のみなさんは復興に向けてがんばっています。

熊本市内で見つけたこんな言葉に「熊本らしさ」を感じました。

 

 

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「負けんばい熊本」。

「負けずにがんばろうぜ!」と自分たちを奮い立たせている言葉のようでもあり

周囲の人に「私たちは負けないよ」と力強く宣言しているようでもあり、

気品高くて、気丈な熊本の人たちらしい言葉だなと、僕は感じました。

 

 

みなさんに伝えたいこと。

それは、「備えること」の大切さです。

私は、熊本に住んでいたとき、

心のどこかで「熊本は大丈夫だろう」と思っていました。

おそらく私だけではないと思います。

 

 

もし山口の方で、あるいは日本全国どこでも、

「自分が住んでいるところは安全だろう」と思っている方がいれば、

今すぐにその考えを捨ててください。

 

 

もちろん備えた上で杞憂に終われば、それは幸せなことです。

ただ、救える生命を、守れる財産を無駄にしないように・・・。

私の大好きな熊本が教えてくれました。

 

 

「何とか、どん底から這い上がってみせますよ。」

避難所で出会った高齢の男性が話してくれた言葉が、心に残っています。

 

 

現状が厳しいことは重々承知の上ですが、

熊本がめざましい復興を遂げることを心から願っています。

 

 

そして、微力ながら復興に向けて力になれるように、

また熊本に行きます。