楢﨑 瑞の日記
最終戦に思う
「最後まで全力でした。幸せな18年でした」
11月24日、レノファの今シーズン最終戦。
今年のチームの集大成となる試合は、0-3の完敗。
「こういう試合で勝てないのが、僕なんですね…力不足でした。
あとは、若い選手たちに託します」
悔しさは滲ませつつも、穏やかな笑顔で語ったのが印象的でした。
坪井慶介(つぼい・けいすけ)選手。40歳。
11月に今シーズン限りでの引退を発表し、臨んだ最終戦でスタメン出場。
プロサッカー選手としての最後の90分を走りぬきました。
福岡大から浦和レッズに加入し、ルーキーイヤーから主力として活躍。
2006年には日本代表としてワールドカップ・ドイツ大会にも出場し、
その知名度や実績は、レノファに在籍する選手では圧倒的です。
その実力はもちろんですが、
サッカーに打ち込む姿勢や、飾らず謙虚な人柄に、
多くの選手や、サポーターからも尊敬を集めていました。
40歳となった今シーズンは、なかなか出場機会に恵まれませんでしたが、
「できることを全部やるのはプロとして当然だし、それを怠るのは、ずっと続けてきた努力や、これまで歩いてきた道を全部否定することになるから」
そう言って常に全力の準備を続け、若い選手たちの良いお手本になっていました。
11月16日のホーム最終戦では、出場こそなりませんでしたが、
引退セレモニーでの感動的なスピーチで、
維新みらいふスタジアムは大きな拍手に包まれました。
私はその引退セレモニーの直後にインタビュー取材をさせて頂いたのですが、
「引退セレモニーは終わったけど、まだ最終戦が残っていますから。
もう少し選手でいられる時間があるので、しっかり準備を続けますよ」
「その結果が、スタメンでも、メンバー外だったとしても、それはそれでいい。
最後の最後まで最高の準備をする。それは当然でしょう」
と、笑顔で語った坪井選手。
最後だから、とか、引退するから、とか、そういうことではなく…
あるのはプロとしての矜持。
「ああ、この人こそ、本物のプロフェッショナルだ」と、圧倒されました。
そして迎えた、11月24日のシーズン最終戦。
スタメンには「坪井慶介」の名前が。
試合後の記者会見で霜田監督は
「今日は坪井の引退試合ではありません。勝点3がかかった試合。
一番勝つ確率が高いのが坪井を起用することでした」
と、話しました。
戦術的な狙いやメンバーの兼ね合いはもちろんありますが、
なにより、坪井選手が1年を通して全力の準備を貫いたからこそのスタメン起用でした。
0-3で敗戦、という結果でしたが、
ディフェンダーとして、レノファの最終ラインを守り続け、
時に、自分よりも一回り以上若い選手たちに声をかけ続ける姿を見て、
改めてその存在の大きさを感じました。
試合終了を告げるホイッスルが鳴った瞬間。
ピッチには、敗戦の悔しさにうつむく坪井選手の姿がありました。
最後の最後まで、
感慨にふけることなく、ただ勝利だけを求めて走った坪井選手。
「悔しいですが、真剣勝負で、勝ち点3を取るために戦えたことは財産になりました」
「最後まで力不足だな…と感じましたけど。でも、良かった。山口で終わる決断をしたのは間違っていませんでした。そう思います」
そう笑って、坪井選手は、ゆっくりとスタジアムを後にしました。
実はこの試合、坪井選手同様に、久々にスタメン起用された選手がいます。
周南市出身の25歳、清永丈瑠(きよなが・たける)選手です。
久々…というより、今シーズンに関しては、最終戦にして初出場・初スタメン。
度重なるケガに悩まされながら、最後の最後でようやくつかんだ初出場でした。
「さあここから…と思ったらケガをしてしまう。もどかしくて、サッカーのことを考えるのが本当に嫌になった時もありました」
試合後に、一言一言をかみしめながら話した清永選手。
「ようやくここからスタートできます」と言葉に力を込めました。
”年を重ねた選手たちが少しずつ去っていきます。そして素晴らしい才能を持った若い選手たちが現れます。これはごく自然なことだと思います。
けれども、ベテランの選手、これからベテランになっていく選手たち、自分が納得するまで必死にもがいてください。
そして、そんな姿を見た若い選手たちが、何かを感じ、学び、大切なことに気付き、さらに素晴らしいサッカー選手へと成長していってくれることを願っています”
坪井選手が、ホーム最終戦のスピーチで語った言葉です。
「幸せな18年だった」と話した坪井選手がピッチを去り、
ケガに苦しんだ若い才能・清永選手がピッチに帰ってきた。
その言葉通り、真剣勝負の世界で最後まで「もがき続けた」坪井選手の姿を見て、
清永選手をはじめ、若い選手たちは何を感じ、学んだでしょうか。
11月24日。
ひとりの偉大な選手が歴史になり、
ひとりの若い才能が復活の日を迎えました。
“さよなら” と “おかえり” が交差した最終戦。
今シーズンの終わり、
そして来シーズンのはじまりの瞬間でもあります。
偉大なレジェンドが残してくれた後ろ姿が、
さらなる飛躍へと繋がるきっかけになることを、願ってやみません。