楢﨑 瑞の日記

「夏」が知らないものがたり

すこし前の話になりますが…

7月9日に始まった夏の高校野球山口大会は、下関国際の4年ぶり3度目の優勝で幕を閉じました。

 

高校野球の実況がしたいとアナウンサーを志した私にとって、

夏の山口大会が終わったばかりの、今の時期というのは、どうしようもない喪失感というか、

ぽっかりと心に穴が開いてしまったような…毎年そんな気持ちになる時期でして。

 

これではいかんとこのコラムを書いているわけですが、

今回は、少し思い出話を交えながら、今年の夏の大会を振り返りたいと思います。

 

この夏は、2年ぶりに決勝の実況をさせて頂きました。

 

「誰も経験した事のない3年間。

しかし、ぶれることなく、”勝つこと”を貫いた先に、甲子園という新しい景色が広がっていました」

 

悔しさと歓喜が入り混じる優勝シーンで、私が発した言葉です。

 

何度やっても、優勝が決まるシーンの実況は力が入るものです。

どんな言葉を紡ぐか、というのは、本当に最後の最後の瞬間に考えるのですが、

今年は自然と、2年前の夏から繋がる話をしていました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「変わってはいけないもの、変えてはいけないものがある。それは何?」 

2年前の5月、球場の一塁側ベンチ前。監督は選手たちに問いました。 

 

ひとりひとりが距離を取った立ち位置。 

いつもは密集している円陣が、とても広く、大きい。見慣れない光景。 

 

「勝ちたくてここに来た。勝ちたくて厳しい練習に耐えてきた。違う?」 

 

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、夏の甲子園が中止となった2020年の夏。 

中止が決定した直後、ある高校の練習前のミーティングです。 

 

「甲子園」を夢見て、地元から、あるいは県外から集まった選手たち。 

ひとつの、というより、最大の目標を失ってしまった選手たちを前に、監督は続けました。 

 

「変わってはいけないこと、変えてはいけないことがある 

「勝つためにやってきたんだろう?朝早く起きて、夜まで練習して。授業も全力でやって」 

最後まで貫こう。勝つために練習して、勝つために闘おう。甲子園があろうとなかろうと、最後まで勝ちに行こう」 

 

夏の大会の代替大会として開催されたメモリアルカップを見据えながら、 

そう選手に語りかけていました。 

 

学校ごとに正解は違うと思いますが、と前置きした上で、 

監督はポツリと私にこぼしました。 

 
「甲子園で勝ちたい。その思いを持って集まって、一緒に頑張ってきたんです、彼らは」 

 
「いまそれをやめてしまったら、じゃあ彼らの2年半はなんだったのか…」 

「甲子園はもうないから、もう頑張らなくてもいいぞ…というのは違う。 
それは彼らの頑張りに対する否定のような気がして。だから何も変えません 

 
「結果的に」甲子園という大きな目標に届かなくとも、 
球児たちが積み重ねてきた時間や努力は変わらずそこにあって。 

真摯に野球に打ち込んできたからこそ、 
真剣勝負の場として、全力で勝ちに行く。最後までそれを貫く。 

それが指導者として、球児への礼儀であり、義務だと。 

「それにね」と続けます。 

 

「どんなに頑張っても、ベンチに入れるのは20人。甲子園なら18人。試合に出られるのは、はたして何人でしょうか 

「最後まで全力を尽くしたから悔いはない…ってよく言いますよね。確かにそうなんですけど、でもそれって、試合で全力を尽くせた選手の言葉です。大多数は、野球のプレーで全力を尽くす機会はないんです」 

 

「だから私は勝つことにこだわる」 

「悔しい思いをして引退した歴代の先輩たち、スタンドで必死に応援してくれる、メンバーに入れない選手たちの思いには、選ばれた選手たちと勝つことでしか応えられないと、そう思うんです 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

このミーティングを、真剣な表情で聞いていたのが、当時の1年生。 

つまり、ことしの3年生です。 

 

入学直後から、主力として試合に出場していた彼らは、 

「試合に出る選手」として、そうではない大多数の上級生と一緒に練習していました。 

今年は、その彼らの最後の夏だったわけです。 

 

「個人の目標とかはないです。チームとして甲子園に行って、ベスト8以上を目指す。それだけです」 

「自分はエースなので。投げるからには絶対に勝つ。そのためにマウンドに上がっています」

 

3年生エースの、大会直前の言葉です。 

 

勝つことでしか、応えられない思いがある。だから勝ちにこだわる。 

 

夏の甲子園中止、応援のないスタンド、ベンチではマスク… 

野球に限らず、さまざまな場面での制約を経験しながら 

彼ら自身にも、常にその思いが胸にありました。

 

勝つことにこだわりつづけた2年半。 

2年前「夏の甲子園中止」という経験も、その思いを強くしたのかもしれません。 

 

そして、このコラムを書いている今も、その彼らの「夏」はまだ続いています。 

 

2年前の先輩たち、去年の先輩たち、そしてメンバーに入ることができなかった同級生。 

そして、彼らに敗れていった、同じ山口の球児たちの思いも背負って。 

 

 

勝つことでしか、応えられない思いもある。 

勝ったことで、応えなければならない思いも、またあります。 

 

 

まだまだ、「夏」は続きます。 

私も、最後まで見届けたいと思います。 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

さまざまなことを感じた、ことしの山口大会。 

このコラムでは、もうしばらくそんなお話を載せたいと思います。 

どうかお付き合いくださいませ。