楢﨑 瑞の日記

「夏」が知らないものがたり②

「お前に、応援団長を任せたい」 

 

6月中旬。ある強豪校のミーティング。 

 

連覇がかかる夏の大会に向け、20人のメンバー入り争いが激しくなるなか、 

誰よりも早く夏が終わり、そして始まった、ひとりの3年生。 

 

 

前回のコラムに続き、 

今回も高校野球・夏の山口大会のストーリーをひとつお伝えしたいと思います。 

 

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吹奏楽による応援が一部解禁された、ことしの夏。 

この強豪校では、3年ぶりに「応援団長」を選出しました。 

 

学校によっては 

「応援団」が部活動やそれに近いものとして組織されているところもありますが、 

この学校にはそれがなく、夏の大会が近づくと、 

メンバー外の選手と吹奏楽部が中心となって、応援団を組織します。 

 

なかでも応援団長は、 

吹奏楽部やチアリーダーたちと応援団全体の連携を監督します。 

応援方法を決めたり、練習での指導役をになったり・・・ 

なにより試合当日の応援を指揮するという重要な役割をになっています。 

 

 

その重要さゆえに、 

この野球部では、毎回3年生の選手の中から応援団長を選びます。 

 

 

応援練習が始まる、6月の中旬がその時期です。 

 

 

ただ、 

 

応援団長に任命されることは同時に、 

ベンチ入り20人のメンバーに選ばれないということ。 

 

 

3年生にとっては、「選手としての引退」を意味します。 

 

 

7月の大会直前に発表されるベンチ入り20人のメンバー。 

 

 

その2週間以上前に訪れる、選手としての引退。 

 

 

夏の大会に向けて、絶対に必要で、重要な役割。 

しかしそれは、選手にとっては非情な宣告ともいえます。 

 

 

話は冒頭に戻ります。 

 

「お前に、応援団長を任せたい」 

 

 

応援団長に指名されたのは、控え投手の3年生でした。 

 

 

指名した監督が、言葉を選びながら続けます。 

 

 

「ことしは3年ぶりに応援団の応援がある。応援にどれだけの力があるか、 

どれだけ大事か、みんなわかっていると思う。だからこそ、お前に任せたい。 

なかなか受け止められないかもしれないけど…いまの正直な気持ちを聞かせてほしい」 

 

 

「彼」は、奈良県の出身。 

甲子園を夢見て、山口に、この学校にやって来ました。 

 

私立高校が集まる直前の大会では、久々にメンバーに入っていて、 

夏の大会に向けて、さあここからだと意気込んでいた矢先、 

メンバー発表よりも先に訪れた選手としての引退。 

 

 

「彼」はどう答えるのだろう。 

カメラを構えながら、私は、彼の表情を見ていました。 

 

 

一瞬の静寂のあと、 

今はまだ、選手である「彼」が、ゆっくりと口を開きます。 

 

 

 

「責任ある立場を与えてくださっているので、頑張りたいと思います」 

 

 

 

淡々と、表情を変えることなく。 

 

その瞬間から、「彼」は応援団長になりました。 

 

 

 

「言われた瞬間は、頭が真っ白になって、悔しかったですけど」 

 

少し時間を置いて話を聞くと、やはり淡々と「彼」は答えました。 

 

 

 

「でも現実を見たとき、じゃあ自分に何ができるかって思って」 

「みんなで応援を作り上げて、甲子園に行く。 

 そのために、求められる場所で全力を尽くすだけだなって考えていました」 

 

 

そう言ったあと、ほんの少しだけ、笑ったように見えました。 

 

 

 

ひとりの選手としての悔しさはずっとあるけれど、 

ひとりの野球部員、そして3年生として自分に何ができるか、大切なことは何か。 

 

 

多くの部員を抱える強豪校であればあるほど 

試合に出場する、あるいはメンバーに入るチャンスは少なくなります。 

 

その環境下で、 

どこで、どんな風に自分の力を発揮するか。 

 

 

スポーツの世界に限らず、 

自分が輝ける場所、全力を尽くせる場所は、 

必ずしも自分で選べるわけではありません。 

それは大人の世界とて同じです。 

 

 

望まぬ場所で力を発揮することを求められたとき、どうするか。 

 

 

その場所を離れるか。あるいはそれを受け入れるか。 

たぶん正解はありません。どちらも正しい。 

 

 

離れるにせよ留まるにせよ、 

本当に大切なことは、「決めたことに全力を尽くせるか」なのだと思います。 

 

 

この応援団長は、 

「求められる場所で輝く」ことを選び、 

そこで全力を尽くすことを決めたのです。 

 

 

「うちに入って来てくれる子たちは、中学校の時はエースで4番とか、 

試合に出ることが当たり前だった子も多い」 

 

「でもね、そういう子たちが集まる中で、やっぱりずっと試合に出られないとか、 

 レギュラーはおろかメンバーにも入れないという選手は必ず出てきます」 

 

「入学した瞬間から、その現実が常に目の前にあるわけです」 

 

 

「彼」を応援団長に選んだ監督は、そう切り出しました。 

 

 

「応援団長に選んだ彼もそうです。レギュラークラスのチームにはほとんど入ったことがない」 

 

「まだ高校生です。なかなか試合にでも出られないんだから、 

 ふて腐れたり、モチベーションが落ちるのは当然だと思うんです」 

 

「でも、そういう現実が目の前にあっても、彼はずっと変わらなかった。野球に対する姿勢というか、チームに対する姿勢というか。そこがブレるのを一度も見たことがない」 

 

「だから、彼を応援団長にしたんです。どんな状況でも、諦めずチームを支えてくれる彼だからこそ、応援団長にしたかったんです」 

 

 

この最後の夏に関していえば、 

「彼」の輝く場所はマウンドではありませんでした。 

 

ただ、ひとつだけ言えるのは、 

「彼」にその場所で輝いてほしいと願った人がいるということ、 

その場所で輝くことを、求められたということ。 

 

 

そして「彼」自身も、 

ひとりの選手として、チームの一員として、 

自分の役割を、グラウンドではなくスタンドに見出したということ。 

 

 

ひとり ひと役。全員主役。 

 

 

背番号をつけてグラウンドで活躍すること、 

たとえば甲子園のマウンドに立つこと、 

本当に凄いことだと思います。 

 

ただ、同じように、 

応援団で、記録員で、あるいはボールボーイも、 

グラウンドで活躍することと同じ、ひとつの「役割」です。 

 

自分の場所で、自らの役割を全うしようとすることは、 

全て等しく「凄いこと」だと私は思います。 

 

選手である以上、誰しも試合に出たい。 

でも、目の前の現実を見つめ、現状を受け入れながら、自分の役割を見出す。 

そこに全力を尽くす。 

 

 

「日本でいちばんの応援を見せたい。それで、みんなで甲子園に戻ります」 

「彼」の決意に満ちた表情が今も頭から離れません。 

 

 

チームの夏は3回戦で終わりましたが、 

「彼」は大学でも野球を続けてくれるそうです。 

 

 

「彼」がこのコラムを見ることがあるかはわかりませんが、 

いま、「彼」に向けて、声を大にして言いたいことがあります。 

 

 

悔しさを受け入れながら、 

それでもチームのためと「役割」を受け入れ、全うしたこと。 

 

18歳の夏の自分が、 

どれだけ立派で、 

それがどれだけ誇れる決断だったのか、いつかきっとわかる日が来る、と。 

 

いつか、きっと。