Jチャンやまぐち

のJチャンやまぐち

12月15日のJチャンやまぐち

各駅下車散歩 美祢線四郎ヶ原駅(2)


各駅下車散歩 美祢線四郎ヶ原駅(2)

必ず各駅で列車から降りて、その駅周辺を散策してみようというこの企画。

先週に引き続き、美祢線四郎ヶ原駅周辺を散策します。

今回は、南大嶺駅周辺の散策で聞いた、「赤間関街道中道筋」を歩こうと、駅の名前にもなっている四郎ヶ原地域へ出発。この地域は江戸時代、宿場町にもなっていました。

その面影も少なくなっていましたが、歩いていると「吉田松陰投宿之碑」を発見。

そこには1850年、松陰が九州遊学へ向かう際、四郎ヶ原の宿に泊まったと記されていて、地元の人にお話を伺うことにしました。

写真1 写真2

そこで出会ったのが、畑でユズを収穫していた岡藤さんご夫婦。

写真3

岡藤家の歴史を聞いてみると「旅籠屋もしていたけど、お客がいないときは農家。

作った米で米酢を作る酢屋もしていた」と言うのです。

また、文献によるとこの一帯も酒屋やしょう油屋などがあり賑やかだったそうです。

80代の岡藤さんも「戦争で物資が少なくなってきてから地域が寂しくなってきた」と子ども時代は、祭りなどで活気があふれていたことを教えてくれました。

その岡藤家の家屋は築160年以上。

写真4 写真5

趣深く特別、家の中へ案内してもらうと玄関には実際に使われていたという駕籠が出迎えてくれました。

また、2階には鉈でえぐられた柱の傷があるということで、見せていただくと「これは百姓一揆の傷」だと言うではありませんか。

たしかに、江戸時代の天保の一揆、明治初期に一揆が、色んな地域に飛び火しながら四郎ヶ原でも起きたことがわかっており、時代を越えて「百姓一揆」を身近に感じることができるとは想像していませんでした。

写真6 写真7

玄関を始め、部屋の至るところに当時の傷は残っていたそうですが、人目が付くこともあり修理され、現在は2階にだけ残っているといいます。

岡藤さんご夫婦に出会ったことで、宿場町がたどった貴重な歴史をお聞きすることができました。

ありがとうございました。

写真8

今年は今回が最終回。

来年は、厚保駅から出発します。お楽しみに。